彼の理想の田園へ

日記と妄言、活動記録。

【読書感想】筒井康隆『堕地獄仏法/公共伏魔殿』を読みました(2022.01.25)


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1. はじめに

 昔はよく本を読んでいたのですが近年はまったく読まなくなりました。理由はわかりませんが、おそらくスマホがあったり時間がなかったりすることが一因ではないかなと思っています。そのような中、かなり久し振りに一冊の本を読み、しかもとても面白かったので今回は感想を書いてみようと思いました。子供の頃は読書感想文の書き方がわからず泣くほど嫌いでしたが、流石に成人して久しい今なら、そしてブログでなら気軽に書けるのではないかな~という感じです。

 

 

2. 経緯

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 今回私が読んだ本は筒井康隆 著/日下三蔵 編の『堕地獄仏法/公共伏魔殿』です。発売日は 2020年04月16日。もともと筒井作品はいくつか読んだことがあり、特に『文学部唯野教授』『モナドの領域』にはいたく感激した経験があるので宣伝のWeb記事を見かけてすぐにスッと買っちゃいました。

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 同時に当時アニメ化した『富豪刑事』も買い、こちらはすぐに読んでしまいました。"事件が解決した瞬間にどこからともなく「おめでとさん。おめでとさん」と言いながら躍り出てくる署長"が好きです。しかし『堕地獄仏法/公共伏魔殿』の方は買ってから8か月以上も放置し、2022年に入ってからようやく読みました。寝かせた理由はよくわかりません。

 

 

3. 感想

 本書は筒井康隆の初期傑作短篇16作を収録」(帯より)とあるように、なんと1冊に16本もの小説が入っています。結論から言うと"傑作集"なので流石に全作面白かったのですが、16作品全部に触れていくとかなり長くなりそうですし、おそらく私の集中が続かないと思います。そのため、今回は収録作品の中から個人的に特にヤバかった作品を5つ選んで軽いあらすじの紹介と感想文を書いていきたいと思います。「ヤバかった」とか言ってるあたり多分もう疲れてます。よろしくお願いします。

 

1. いじめないで

 一本目。「人類がほぼ滅びた世界での、人間と高度に発達したコンピュータとの対話」というまあまあありがちな内容な上、書かれた時代が時代だけに流石に世界観とコンピュータ側の描写が古過ぎた。…...とは思ったが本作が1964年1月の発表ということを考えれば多分めちゃくちゃ斬新だったんだと思う。ごめんなさい。その辺りの包括的な歴史について学んだことがないため定かでない。

 

 そんなことより私が驚き興奮したのは最終盤の部分にあった。今でいう"人工知能"を"意志を持たされた鋼鉄"と表現し、「それらの長らく暗く静かな地中にいた鉱物が地上に引っ張り出されて自我を持たされたとき、最初に願うことは元々いた沈黙の世界への回帰であろう」という主人公の想像が続く。その発想は無かった。私は素直に「マジか! なるほど!」と思った。コンピュータとの対話の中で主人公の男がその本質を悟った直後、良いところで物語は突然に終わってしまう。詳細は省くがこの終わり方がまた良かった。筆者の実験的な主張(偉そうな表現)とSFとしての物語の結末がしっかり合致させてあって「うわーすごい!」となった。これを一つ目に持ってくるの、最高の掴みでは......?

 

2. しゃっくり

3. 群猫

4. チューリップ・チューリップ

5. うるさがた

6. やぶれかぶれのオロ氏

7. 堕地獄仏法

 二本目はタイトル作品から。国民の言論活動を著しく制限したり、その他社会を深刻な混乱に陥れたりしている宗教政党・恍瞑党が政権を握った世界を生きる作家たちの話。作中にはどこからツッコんで良いのかわからないほどに禍々しい恍瞑党の活動が詳細に描写されているが、筆者がその時々の社会問題を痛烈にパロる作風であることはこれまでの経験上既に承知しているので多分その頃現実でもなんかあったんだと思ったこ、う、め、い......とう......ですか? Wikipediaなどで軽く調べてみたが僕には実際にどのようなものかよくわからなかったなあ(すっとぼけ)

 

 終盤に差し掛かるまでの世界があまりに破滅的だったため、逆に「ここまで前フリを効かせられたからにはきっと最後は大逆転のハッピーエンドになるんだろうな」となんとなく思いながら読んでいたがまったくそんなことはなかった。恍瞑党が支配する世界では信者でもない主人公を救ってくれる神さまなんて当然いなかったよ(納得)。あっさりとしながらもガツンと来る幕切れは読者に強烈なとりとめのなさを感じさせ、その悲惨な結末は突如静かな深夜の自室に投げ出された私の脳内にしばらくの間残り続けた。タイトルになっているだけある重厚感ある作品だった。

 

8. 時越半四郎

9. 血と肉の愛情

10. お玉熱演

11. 慶安大変記

12. 公共伏魔殿

 三本目。もう一つのタイトル作品。各家庭から『受信料』を徴収する謎の『公共放送』の本拠地に乗り込む男の話。とてつもなく大規模な"牙城"には一般に公表されていない地下フロアがあり、そこには絶対に表沙汰にできないおぞましい秘密が隠されていた――。いったいNaniHKなんだ......。というかこの頃(67年発表)から受信料云々言われていたのだなあ。勉強になった(白目)。

 

 この作品の感想を一言で言えば「怖かった」である。小並感だろうがしょうがない。だって怖かったんですもの。短篇という形態の特性上、この物語に出てくるあらゆる深刻の問題は回収されず投げっぱなしで終幕を迎える。特に重大な一つのことについては一応結末が言及されて終わる("解決した"とは言っていない)のだが、その他の『公共放送』を取り巻くいくつものホラー要素は最期まで特に回収されない。つまりあの地下の魔界は今もそのまま現存しているということ......?と考えるのは少々飛躍しているが、あまりに高い描写力と世界観の現実性によって自身の意識が引き込まれ、一瞬そのように錯覚してしまう怖さがあった。リアルとフィクションは別のものだよ!

 

13. 旅

 四本目。普通に読んだら頭がおかしくなりそうだった(爆)。重大犯罪を犯したらしい主人公ら4人が国家組織の管制下に置かれ、意識は永遠に続くっぽいシミュレーションに利用、大脳以外の肉体は冷凍保存という状態になっている、多分。冒頭では4人は昔話『桃太郎』の主要人物として登場し、それぞれの生前?の意識を持ち合わせながら担当キャラクターをロールプレイし物語中で死んだら次の物語へ、という風に進行していく、おそらく。不確か過ぎる説明で申し訳無いが、なんか本作だけは正直難しくて雰囲気だけ味わいながら読み進めた感があるのでしょうがない。

 

 2,3回読んだが全容を把握するのは厳しかったが、とりあえず時間的・空間的規模が大き過ぎて怖いSFということだけはわかった。イメージとしては現代オタクみんなが待望してやまないフルダイブ型のVRMMORPGみたいな話、それが格調高くも力強い文章で表現されています。終盤はどうやら4人それぞれの生前の記憶が破滅的に混濁したようで、文章の流れが破綻する。この場面はのちの『パプリカ』に続いたかのような雰囲気を感じさせ、読みながら「これ映像化するの無理なやつだ......」という感想が頭に浮かんだ。私の頭は終始混乱していましたが総合的には面白かったのでOKです!

 

14. 一万二千粒の錠剤

15. 懲戒の部屋

 五本目。中央線の電車内に立つ30代の男性サラリーマンが、些細なことから女性への痴漢容疑をかけられ、完全に冤罪ながら周囲の女性乗客や駅の女性保安官、女権保護委員会地区委員長(女性)、全婦連お茶の水支部長(もちろん女性)などに囲まれて物理的に袋叩きにされ、その場に召喚された妻にも裏切られて会社にも遅刻する話。想像を絶する100%の悲劇で構成されている。

 

 68年発表作品。即座に「あっ、これは"ウーマン・リブ"の件だな」と察しがついた。2022年現在においてもジェンダー(特に女性)を取り巻く諸問題は叫ばれ続けているが、際限なく深刻さを増している現状を鑑みると流石に誇張し過ぎてハリウッドザコシショウのネタみたいになっている本作も未来予知としてはあながち外れてもいないのかな......(呆れ)という気持ちになった。この話のテーマを『"フェミニスト"(ダブルクォーテーション大事)の暴走』と捉えるのは安直過ぎるかなと思ったが、私の普通程度の頭脳でどのように考えてもやっぱりそれしかないのかなーという結論に至った。完全フィクションだからこそギリ笑える話。

 

16. 色眼鏡狂詩曲

 

 

4. おわりに

 個人的に近年は無力感でいっぱいの日常生活を送っている私ですが、本当に久々に小説を読むことで最高に楽しめたことの他に「あ、俺って"本を読む"という能力はあるんだ......」と副産物的に気付くことができました。昨今『日本人の○割は長い文章が読めないっぽい』といういったい煽り何%だよみたいな提言が目につくこともあって、私自身ちょっと心配に思っていたところです。

 

 色々と長く書いてしまいました。最後に本書『堕地獄仏法/公共伏魔殿』の感想を一言でまとめると「50年以上前にこれ書いてたってすげーな」です。もう一般人の私からは結論、これしか出てきません。どの時代に読んでもあたかもだいたい最近書かれたような筒井康隆作品に対する感想あるあるです。しかしながら一点だけ言わせていただければ、この現象は何も筒井が「未来を予言してやろう」という思い100%でやった結果ではないと思います。「ひとの愚かさが変わらないかぎり、筒井康隆の小説は面白い。つまり、筒井康隆の小説は永遠に面白いのである。」(裏表紙より)とあるように、人と人の創り出す社会の本質を的確に書き出したからこそ、この先いかなる時代に読まれても共感されうる作品になっているのだろうなと思いました。