彼の理想の田園へ

日記と妄言、活動記録。

うつし世に『きさらぎ駅』を求めて~遠鉄電車に乗って全線沿いを歩いてみた~(2023.01.09)

1. はじめに

 突然ですが、私は『きさらぎ駅』が大好きです。『きさらぎ駅』は2004年1月8日に2ちゃんねるのオカルト超常現象板で語られた怪奇体験談の中に出てくる鉄道駅のことで、その概要は日常生活の中で何気なく電車に乗っていた投稿者が現実に存在しない『きさらぎ駅』に降り立ちその後次々と奇怪な出来事に遭遇していく、というものです。

 「気のせいかも知れませんがよろしいですか?」から始まる実況形式の体験談は投稿者・スレッド参加者間での相談や質疑応答とともに進行し、緊迫感をはらんだリアルタイムのやりとりはのちに読んだ者に対しても独特の魅力を感じさせるものとなっています。ここでは詳細については割愛しますので概要や総評についてはきさらぎ駅 - Wikipediaを、内容についてはなんか「きさらぎ駅 原文」とかで適当に調べてください。ネットロアとはそういうものです(?)

 

 2004年の最初の一件(以下、『原作』という)で初めて『きさらぎ駅』というものについて語られて以来、2例目、3例目として実際に現地に到達する者が現れる、現実の出来事としての信憑性が考察される、『きさらぎ駅』を題材にした創作物が発表されるなど、2022年1月9日の現在に至るまでこの件に関する話題がちょくちょくさまざまな形で取り上げられては好きな人々の間に伝播していきました。

 私はこれまで原作はもちろんその後のいくつかの体験談、ゲームや映画などの二次創作や原作にインスピレーションを受けたとされる別作品、きさらぎ駅とはまた別の『異界駅』体験談などをフォローしてきました。今となっては『きさらぎ駅』は一怪談の域を超えてジャンルとして定着してしまったため、全体的・部分的含めての関連コンテンツは業界横断的に非常に多様に広がっております。そしてそのように広がったものをそれぞれ扱う動画群もかなりの数を観てきました。

 最近は停滞気味ですが、特にニコニコ動画に投稿されている『きさらぎ駅』関連動画は今まで300本以上観てマイリストに追加してきました。どれも非常に興味深い動画ばかりですので良かったらご視聴ください。(リンク:きさらぎ駅関連リスト

 

 そのような中、私自身疑問に思うことがあります。それは"なぜ今ハマっているのか?"ということです。記憶は曖昧ですが、私が初めて『きさらぎ駅』の存在に触れたのはおそらく2009年頃です。原作の初出が2004年ですから当時としても古めの話題でしたが、現代の感覚にすればインターネットに触れるのが遅めだった中学1年生の私にとってはもうキラキラの最新・最深知識(Welcome to Underground)だったわけで、その辺りをきっかけにネットの俗説や都市伝説にハマっていったことを覚えています。

 もちろんそこから10年以上全力で『きさらぎ駅』にハマり続けていたわけではありませんが、近年また暇な時に昔の2chコピペを調べたり映画化の件(映画「きさらぎ駅」公式サイト)もあったりしてにわかにマイブームになっていました。

 そうしてひそかに独りで盛り上がっているうちに私はネットの知識を取り込むだけでは我慢ができなくなり、ついに「どこか『きさらぎ駅』に所縁のある場所へ行きたい!」と思うようになりました。

 ここからがようやく本題です。そのようなフラストレーションを抱えた私は、今回とりあえず"『きさらぎ駅』のふるさと"ともいうべき静岡県浜松市へ行くことにしたのです。

 

 

2. 『きさらぎ駅』と遠鉄電車と私

 原作において投稿者が乗っていた電車とは一体なんなのか。これは実は明記されているものではないのですが、投稿者が「新浜松からの電車」「某私鉄」と語っていることからこれは静岡県浜松市にある新浜松駅-西鹿島駅間を走る遠州鉄道であったことがわかっています。

 "原作を重要視するオタク"を自認する私としてはここはぜひともフォローせざるを得ません。鉄道知識ほぼ0ではありますが、今回人生で初めて手段ではなく目的として電車を利用することを決めました。

 原作の舞台が遠州鉄道であることはわかりました。そして乗車時間が23時40分であることも言及されていますので、それに合わせて私も23時40分に乗車することにしました。("投稿者の書き込みと乗車の時間関係に齟齬がある"という議題もありますが本件では触れずにいきます)

 

 ここでもう一つ、計画に個人的に好きなエッセンスを加えることとしました。話が少し飛びますが、ニコニコ動画に原作を元にして作られたクトゥルフTRPGシナリオ(以下、『TRPG版』という)のプレイ動画が投稿されています。

 この動画は非常にクオリティが高く、また作成されたシナリオ自体がとても面白いことからその後さまざまな方からプレイ動画が投稿されました。ゲームの特性上、大筋は共通していても動画ごとにかなり展開が変わっていくので無限に観られる系コンテンツ群としてかなりおすすめです。

www.nicovideo.jp

 そのようなTRPG的な要素も考慮するのであれば、私自身の設定についても考える必要性があるのかなと思いました。なぜ私はその日その時間にその電車に乗っていたのか。少しだけ考え、原作に加えてTRPG版のアプローチにも難なく順応する筋書きを導き出します。

 結論として、私は2023年1月6日(金)に仕事を休みました。そして1月6日の夕方には普段通りのスーツ姿で手提げ鞄を持って新浜松駅の前に立っていました。

 この後23時40分の乗車前に駅周辺の居酒屋で飲酒をするのですが、そこでようやく私の『金曜の仕事帰りに酒を飲んで帰りの電車(総武線)に乗っていた一般人の俺が気づいたら大変なことに巻き込まれていた...いったい何が起こっているんだ!?』という物語が完成するのです。

 本当は原作と同じく1月8日に合わせたいところでしたが、2023年の同日は日曜日のため私が考えた『金曜日の仕事帰りに~』という謎設定と合致しなくなってしまうため諦めました。加えて他にも金曜日に行きたかった理由はあるのですが、話が前後してしまうので詳しくは後述とします。

 

 

3. 実際に行ってみた

 新浜松駅に到着した後、私は目的の"23時40分西鹿島駅行き"まで当初の計画よりも大幅に時間が空いてしまったことに気づきました。どうしよう、何もすることがない。困った私は予定の時刻よりもかなり前に一度遠鉄電車に乗ることにしました。

 結果的に終電前に一度乗ることができて良かったです。私は『きさらぎ駅』のモデルとされているさぎの宮駅で降り、ホーム上や駅周辺を探索しました。

 実際に現地へ行ってみた後でも、未だになぜさぎの宮駅が『きさらぎ駅』のモデルとされているのかピンと来ていませんがそこはまあ良しとして一つの聖地巡礼を達成してきました。駅に隣接してマツモトキヨシがあったり、少し行くと街道沿いに色々なお店が立ち並んでいたりするかなりいい感じの市街地です。大学時代に住んでいた町を思い出しました。

 

 その後はまた新浜松駅へ戻り、居酒屋に行ったりスタバに行ったりして時間を調整してから終電を待ちました。"終電を待つ"という行為自体初めてだったのでそこも謎に新鮮でした。

 23時40分が近づきホームで待っていると、全体が赤い車体の遠鉄電車が入って来ました。目立つ綺麗な赤色がシンボルらしいのですが、その他に駅員の制服や駅内の表示などは緑色でした。

 ここで前項での『なぜ金曜日にしたかったのか』という話に戻ります。原作とTRPG版に共通して、現在の位置から車両の端へ運転士を見に行く描写があるのです。このとき明確に現在何両目にいるのかという話は無いのですが、個人的に「その場からパッと確認することができず、ある程度の距離があるところまで歩いていきたい」感があるので「自分がいるのは2両目か3両目だろう」という結論に至りました。

 そしてネットで下調べをするうちに遠鉄電車は普段は2両編成で金・土曜日だけ4両編成になるという情報を入手しました。このことから金曜日に行って電車の真ん中辺りで「ハッ...いつの間にか寝ていたのか...」とすることにしたのです。

 しかしそんな私の妄想はあっけなく打ち砕かれる形となりました。ホームに入ってきた電車は2両編成だったのです。えっ...4両は...? 困惑する私を置き去りにして次々と他の客が乗り込んでゆきます。

 その後再度調べたところ、基本的に4両になることはなく4両になる時は事前に公式サイトにてアナウンスがされるようです。以前は定期だったのかもしれませんが、詳しくはよくわかりません。その辺りは別に...まあいいかという感想です。2両でも丁度良いくらいの混み具合だったし、改めて電車見てみたら2両でも長っ、ってなったし(別問題)

 そのようなわけで終電にもかかわらずかなり乗客が多く車内の様子を写真に撮る気にも運転士の様子を見に行く気にもなれなかったため、私は完全に「地元の会社員です」みたいな顔をしてゆったりと背もたれに身体を預けながら窓の外の町並みを眺めていました。事前の情報通りほぼ市街地です、別に草原地帯とかではありません。

 電車は続々と乗客を駅へ送り届けてゆき、ついに終点の西鹿島駅へ辿り着きました。この頃には流石に車内も寂しくなっていましたが、それでも私の他に5、6人はいたのでいかにこの路線が地域の人々にとって必要とされているかを感じられました。

 駅を出ると迎えの車が来ている方、待ち構えているタクシーに乗り込む方、徒歩で離れていく方などそれぞれでしたが、みなさん自分の家へ帰っていくことは共通していたと思います。そう、私ひとりを除いては。

 その日浜松に降り立った時からずっと気になってたんです。なんて明るく透き通った夜だろう。夜空には、ただひとりきりの月がありました。

 

 

4. 闇夜に男ひとりぼっち

 原作では詳細不明のきさらぎ駅へ迷い込んだ投稿者が線路の上を辿って帰宅を試みることから話が展開します。深夜に山中を行くことの心細さはどれほどのものか、想像し難いものがあります。

 というわけで、私も歩いてみることにしました。既に日付が変わっている1月7日0時30分頃、遠州鉄道下り側の終点・西鹿島駅からもう一方の終点・新浜松駅までの約19kmの道のりを歩き出しました。

 幸いにも遠州鉄道は原作と違いひらけた平地を走っているため、実際には線路上は歩かずだいたいは並走している周辺の道路を歩いて行きました。トンネルも無いしね! もしこれが本当に山中を貫く路線であったら、どこを歩いたら良いのか困って駅から動のもためらわれるだろうなと思いました。普通に怖いし。

 あまりに暗く、寒く、静かな行程。歩く間に色々のことを考えました。どのような人が『きさらぎ駅』を書いたのかなとか、どのようなことから着想を得たのかなとか、新浜松駅までめちゃくちゃ遠いなとか...。

 何度も書いていますが路線のある浜松市天竜川沿いの平野に発展したけっこうな市街地で、一部かなり広範囲が畑となってる区域はあるものの原作にあるような「何もないところ」ではありません。

 しかし逆に留意する必要があるのかなと思ったことは、掲示板への実況投稿である性質上そこまで詳細な状況描写がされているわけでもないということです。私自身先ほどから「山中」とか書いていますが、原作には「山中」という表現は出てきませんし、むしろ「草原とか山が見えてる」場所ということは実在の遠州鉄道沿線の雰囲気に近い平原にも思えました。

 つまりこれは完全に私自身のことですが、"後から少ない原作情報を元にヤバめのロケーションを想像したり作り上げたりしている面もあるのでは"などとも考えていました。この点については実地を歩いてみて再度実感したところであります。

 あとは散々言われていることなのでわざわざ書く必要も無いことですが、遠州鉄道の路線上にトンネルはありませんでした。伊佐貫トンネルとはいったいなんなのか...。これについては現場はもう異世界にあるので遠州鉄道とは無関係、ということで容易に説明がつきます(完全論破)

 その代わりにいい感じの高架下はありました。

 

 その後なんやかんやあって5時間近くかけて出発点の新浜松駅まで帰ることができました。普段まったく歩いていないせいで両脚がバキバキになりましたし、とにかく革靴の底とアスファルトが硬過ぎて足裏が取れるほど痛かったです。でもあたし生きてる...生きて元の世界に戻れたんだ...!

 これにてただやりたかっただけの謎企画は無事に完遂できました。

 

 

5. おわりに

 実際にはギリギリ無さそうなことや100%無いことを捏造するのがオタクの性癖(失礼)ではないかと感じることがあります。今回私がやったこともそのような部類のものの一つであり、決して誰かに話すことはできないにしても個人的にはやって良かったなと思います。

 『きさらぎ駅』へ行くことはおそらく私にはできませんし、遠鉄電車も別に普通の便利な私鉄でその沿線も閑静で平和な郊外でした。しかしながら、その場へ『きさらぎ駅』を求め特別の想いをもって訪れることで自身の考えを整理できたり、Web検索だけでは得にくい情報を得られりしたのはひとつの収穫でした。

 そして今回、実際に浜松市を歩いてその景観を眺めてきたことで『きさらぎ駅』について以前より頭の中にあったある思念がより強さを増しました。それは『俺達の中の"最強のきさらぎ駅"、見つけたくなってきたな...』というものです。

 その願望を叶えるかどうかはわかりませんが、今回の旅の中でその糸口になるかもしれないものをひとつ目にしてきました。遠州鉄道終点の西鹿島駅、その駅内にあった看板は

天竜浜名湖鉄道乗換口』

ネットで調べた限りでは遠州鉄道よりも更にきさらぎ駅がありそうなロケーションを走っている天竜浜名湖鉄道遠州鉄道の終点と天竜浜名湖鉄道が連絡しているということはつまり、"新浜松駅を出た電車がさまざまな超常現象の影響を受けてそのまま天竜浜名湖鉄道を走っていった"というのもありえない話ではないのです。

 以上のように、原作をめぐる一つの旅は終わったものの今後に繋がり得る鍵を発見することができました。果たしてその鍵を使うのはいつになるのか。俺達の『きさらぎ駅』はこれからだ――